スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。
はい、皆さまご無沙汰しております、根岸と申します。
昨日、多摩キャンパスの地を約二か月ぶりに踏みました。
そんな時、ふと講義に最後に出たのはいつだっただろうかと考えた時、実に半年以上ぶりだという事に気づき、「果たしてこれは大学生と呼べるのだろうか」などと思ってしまいました。
半年ぶりの講義一発目は、30分遅れで出席した「金融各論Ⅱ」
実に1年生ぶりでしょうか、真剣に授業を受けたのは。
私以外の生徒の多くはスマートフォンをいじる、惰眠を貪る等の「果たしてそこに座っている意味はあるのだろうか」と疑問を持つような態度で講義を受けていました。
彼らはなぜ出席点もないこの授業に参加し、教授の話に耳を傾けないのにその椅子に座っているのだろうか。
せっかく講義に出席するならば板書をとること等の生産的な時間を過ごすべきではないのかと。
その様な思いを胸に、しっかりと教授の授業を受けていた私はおそらくあの講義で最も学ぶ姿勢がある学生だったに違いありません。
ですが、そんな私の頭に、ふとある疑問が浮かんだのです。








「みんな聞いていないという事は、単位何とかなるんじゃね?」







その様な疑問を抱いてしまった私がすることは1つしかありません。




その時、燦燦と降り注ぐ太陽の下で吐いた煙は普段よりも少し喜びを含んでいたようです。
しゃんニキ 2019/06/11(火) 18:04
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

返信フォーム